産後2日目に起きた大地震

2012-03-11(日)


去年の今日は、

あの大震災が起きた日でした。




大震災が起きた時、

私は産後2日目で、

大学病院の個室で、一人で休んでいる時でした。

(大部屋があいてなかった為、個室でした)



あー太は、出産の時のトラブルが原因で、

NICUにいたので、

私達は、離ればなれでした。



そして、あの大地震が発生・・・・



今まで経験した事のない大きな地震に、

死ぬかもしれない。

そう思いました。

それくらい、大きな揺れだったんです。

病院が崩れるかと思うような揺れでした。




そして、

やっと息子を産めたのに死ぬの!?

 とにかく、あー太の所へ行かなくちゃ


そう思い、

居てもたってもいられなくて、

産後で体中が痛くてたまらなかったけど、

地震で揺れる中、よたよたと、

NICUにいる、あー太の所へ向かおうとしていました。




そして廊下に出ようとした時、

主治医の先生が、

チイさん!!!

 大丈夫ですか!?

 どこいくんですか!?


と言われ、

息子がNICUにいて・・・・

と言うと、

大丈夫です。

 病院は、一番安全なんですよ。

 息子さんは、NICUの先生が守ってくれます。

 だから、安心してください


そうなだめられ、

少し落ち着きました。





後から知ったけれど、

私が入院していた大学病院付近は、

震度6だったそうです。

そして、建物も高いせいか、

物凄い揺れを感じたのです。




そして、部屋のテレビをつけると、

(大学病院で自家発電があるので停電になりませんでした)

大地震が発生したと放送されてました。




また、

地震のせいで火災が起きてる映像が流れてました。



私の個室は、

ナースステーションに近かった事もあり、

沢山の看護婦さんや、

先生が集まってきて、

みんなで、テレビにくぎ付けになりました。



病院内は、パニック状態でした。



先生や看護婦さん達は、

バタバタ走り回ってました。



何度も何度も、

落ち着くようにとの放送が流れてました。



大地震でドアが開かず閉じ込められる事も予想され、

部屋のドアは、全室オープンにされ、

更に、地震の揺れで閉まってしまわないよう、

ガムテープで固定されました。

これは入院中ずっとでした。



ナースステーションの電話も鳴り響いてました。




子供がNICUにいるんです

 合わせてください


と泣きながら看護婦さんにうったえてる女性もいました。



私も、NICUにいる、あー太が心配で心配で、

息子の近くにいたいんです。

 NICUへ入れてもらえますか?


と看護婦さんにお願いしました。



忙しくてそれどころじゃないというのに、

そうだよね。

 息子さん心配だよね。


と言って、

わざわざNICUの先生に電話で確認してくれました。

この時は、涙が出そうでした。




しかし・・・




今日は、NICUには、

 お母さんでも入ることはできないらしいの。

 ごめんね・・・


と言われてしまいました。

あー太が、本当に心配で心配でたまりませんでした。





出産後のお母さん達は、

産後で体中痛いはずなのに、

みな部屋から出て、新生児室で我が子を抱いてました。

きっと、いざというときは、

我が子を抱いて逃げるつもりだったんだと思います。




また、面会も全て禁止になりました。

夕方、旦那が病院に来てくれて、

病院の1階にきてたんですが、

会えませんでした。


重篤な患者様のご身内も、

 手術後の患者様のご身内も、

 今日の面会は全てお断りいたします


との放送が流れてました。





夕食は、病院食ではなく、

うなぎのお弁当でした。




そして、余震は、

何度も何度もありました。




余震とは思えないくらいの、

ものすごく大きな余震で、

本当に恐怖でいっぱいだったのを覚えています。




産後で、体中痛くて、

歩くのもままならないくせに、

いざと言うときは、NICUまで走って行って、

 あー太を連れ出そう!


そう思っていました。




結局、その日は、大きな余震が、何度も何度もあり、

恐怖でたまらなく、朝まで一睡もできませんでした。




なぜそんなに恐怖だったのかと言うと、

病院が崩れる程の地震がきても、

避難場所の案内や、

どう行動するなどの指示がなかった事から、

いざと言うとき、

広すぎる大学病院の中を、

どの様に移動して外に出れば良いのかもさえ分かりませんでした。



また、

あー太は、NICUにいて、

NICUまで近いとは言えない距離でした。


そして私は、産後2日目で体中が痛くて、

思うように体が動かず、

逃げる事さえままならない。


更に、大部屋じゃなくて、孤独な個室でした。



それらの事が重なって、

とても恐怖でいっぱいの一夜でした。

とても眠れるような状況ではありませんでした。





あんなに怖い思いをしたのは、

産まれて初めてでした。

命の危機を感じたのは初めてでした。

本当に怖かった・・・・





そして、

大津波が起きた事を知ったのは、

夜中のテレビの報道でした。




更に、追い打ちをかけるように、

数日後には原発事故。




ちなみに私の住んでる所は、

原発事故が発生した場所から約130キロと言う事もあり、

決して遠いわけではなく、

他人事ではありませんでした。




そして連日流れるテレビの報道は、

現実に起きてるとは思えないような、、

地獄絵の様な映像ばかりでした。




色々思う事、感じる事はあります・・・・

ここには書ききれません。




とにかく、一日でも早く、

被害に遭われた方々が、

元の生活に戻れますよう祈るばかりです。





離乳食191日目

1

朝食 AM8:45
    
・わかめごはん
 (わかめ小さじ2、軟飯80g)
    
・けんちん汁
 (にんじん小さじ4、大根小さじ4、さといも小さじ2、ごぼう小さじ1、

  鶏胸ひき肉小さじ2、味噌少々、しょうゆ少々、和風だし適量)
    
・ほうれん草ヨーグルト
 (ほうれん草小さじ2、ヨーグルト小さじ4)
    
・麦茶


わかめごはん、けんちん汁、小さじ2程残しました。




2

昼食 PM1:15
    
・ホットケーキ 1枚 
    
・コーンとブロッコリーのチーズ和え
(とうもろこし小さじ4、ブロッコリー小さじ2、カッテージチーズ小さじ2)
    
・大根の洋風トマト煮
(大根小さじ4、トマトジュース小さじ3、バター少々、青のり少々)
    
・麦茶


モリモリ完食です




3

夕食 PM8:00
    
・軟飯 80g
    
・野菜のトマト煮
(にんじん小さじ4、じゃがいも小さじ4、トマトジュース小さじ3、コーンクリーム適量)
    
・豆腐ハンバーグ
(豆腐、鶏胸ひき肉、にんじん、片栗粉)
    
・いちご 大1個
    
・麦茶


モリモリ完食です
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